祝! 「疏水百選」「日本遺産」「世界かんがい施設遺産」  ~ 幸野溝完成1705年(宝永2年) ~

相良家文書の現代語訳石工が使っていた「コンパス」?!

写真(左)は、湯前町古城台地の隧道「新貫」開削に使われたコンパスの可能性大。
友藩の薩摩藩から派遣された石工が使っていた「コンパス」と思われる。
水上村幸野地区の伝承では、幸野溝が完成した際、薩摩藩の石工が完成祝いとして村人に送ったとされている。
昨年(2025)逝去された歴史研究家H氏は、1930年代に村人より購入し大切に保管してきた。
1958年に幸野溝を探索した故渋谷敦先生によると「上流と下流から掘り進み合流部分は、わずかに落差があったと探索記で述べている。
今後、伝承の信憑性を確認したい。